こんにちは。10月の列車です。

JR東海の211系というと、JR東海になってから独自の改良を加えられ大量生産された211系5000番台がまず想起されますが、実はJR東海は国鉄から、鋼鉄製車体で湘南色の113系などとともに、4両編成×2本 8両の211系を継承していたんです。この2本はセミクロスシートであり、車内の雰囲気もロングシートの5000番台とは大きく異なりました。しかしそれでもほかのJR東海製ステンレス近郊型電車に混じって、315系の投入開始まで精いっぱい活躍しました。
また213系5000番台は、MM’ユニット方式の211系(6000番台除く)とは異なり1M方式の2両編成で、2ドアセミ転換クロスシートという異色の閑散時間帯重視仕様で関西本線に投入されました。しかし割とすぐに関西本線は昼間ワンマン運行をすることになり、ラッシュ時中心運用の影の存在に転落。しかし晩年は装備していなかった車内トイレと半自動ドアボタンを取り付けて飯田線の119系を置き換え、現在も廃車は始まったものの飯田線にて最後の活躍を見せています。
今回は、JR東海初の本格的通勤車両だった211系5000番台電車、わずかにあった211系0番台に珍車の213系5000番台、JR東海初の最速120キロ快速用車両として名を馳せた311系電車も含め、JR東海から近年引退していったステンレス車体で界磁添加励磁制御の電車たちの活躍を、4回シリーズで振り返りたいと思います。第3回となるこの記事では、JR東海のステンレス車体近郊型電車の中でも異色の存在だった2種類、211系0番台と213系5000番台の活躍を振り返ってみましょう。
レア車だった211系0番台に会いに行こう!
東海道本線普通列車として走っていた211系0番台

2010年、東海道本線の蒲郡駅に進入する、普通豊橋行きの211系0番台車です。5000番台とは異なり、助手席側の前面窓と貫通扉の窓が小さく、左右対称の見かけであるのが特徴です。国鉄時代に投入されたころはこの写真のような湘南色ではなく、濃いブルーと白の帯でした。

あんなに沢山あったサハ211も、JR東海からは形式消滅しました。現在ではJR東日本の211系3000番台のうち、高崎支社所属の4両編成車に残るのみですね。この頃の211系0番台は時速120km/h対応になったこともあり、東海さん的には快速運用を降りて各駅停車中心となった311系と同列に扱われてるのかな、という印象を受けました。

211系0番台車の車内はセミクロスシート。乗務員室前の座席や窓も5000番台とは違い、かぶりつきにはあまり適していません。それでも113系など過去の車両よりはぐっと前が見やすくなりましたし、まだ名鉄にやられっぱなしだった名古屋地区に新車として投入されたことも含め、国鉄の体質が少しずつ変わっていった時期の生き証人だったといえましょう。

JR東海にもこんな国鉄の香りがムンムン(?)な車両が、令和まで走っていたんです。座席の色こそ変わりましたが、いまJR東海管内で乗れる211系というと、中央西線の中津川~塩尻で1日2往復走っている東日本所属の211系3両編成のみですね。あれは東日本と東海の車両使用料精算の関係で東海に乗り入れているそうです。
何があった?211系0番台がまさかの新快速大垣行きに充当!

急いで撮ったのでとんでもない画像で申し訳ないのですが、2010年11月10日のこと。米原からの普通大垣行き電車で大垣駅に着くと、遠くから近づいてくる白熱電球のヘッドライトが見えたのですが、なんとそれが313系や311系ではなく、この211系0番台車だったのです。所定の車両運用では211系0番台が新快速に、しかも4両単独で使われるなんてこの頃は無かったはずなんですが、なんらかの都合で車両が変更になったのでしょうか?

大垣駅2番線に停車しようとする、新快速大垣行きとして到着した211系0番台車です。入れ替わりに1番線には、当時の最新型313系5000番台車による特別快速豊橋行きが入線するところ。新旧交代のような絵になりましたが、まさか211系0番台車が新快速とは!いいものを見せて頂きました。
晩年は関西本線で走った211系0番台

2021年。晩年の211系0番台は大垣車両区から神領車両区に移り、関西本線で乗ることができました。これは富田駅から亀山駅まで211系0番台使用の電車で移動したときのものです。確か「快速みえ」もしくは「特急南紀」を通過待ちするために富田駅3番線に入ってきたと記憶しています。

東海では…いや日本中に2両だけの貴重な存在だった、クモハ211形の0番台です。

亀山駅に着いてJR西日本のキハ120形による加茂行きに乗り換える前に、折返し名古屋行きになった211系0番台の行き先表示を撮影していました。211系5000番台や6000番台は種別と行き先が一体の幕でしたが、0番台はJRになってからこのように種別と行き先が別個のものに交換されていました。311系とよく似た仕様になっている点、東海さん的には311系と一体的に扱われていたのが理解できる気がします。
2ドアの珍車 213系5000番台に会いに行こう!
暇を持て余し?まさかの中央西線を走る213系5000番台

2007年、中央西線の中津川駅で発車を待つ、213系5000番台のH6編成です。この頃はまだ神領車両区所属で関西本線(の朝夜)用だったはずですが、なぜか中央西線で運用に就いていました。関西本線が昼間は313系によるワンマン運行になってしまい仕事を奪われ、昼間は暇を持て余していた213系5000番台なので、アルバイト的な感覚で使っていたのでしょうか。

このH6編成は中津川始発、南木曽(なぎそ)行きでした。4駅だけの列車なので車内も閑散。それにしてもこの駅名、知らない人は絶対「みなみきそ」と読んでしまいそう。とんでもないトラップステーションですね。なお当然ながらワンマンには対応していないので、車掌さん乗務でした。
夕方の関西本線を行く213系5000番台

2011年。夕方、関西本線名古屋行きの313系1300番台(かな?)に乗っていたところ、永和(えいわ)駅で213系5000番台の亀山行きと交換しました。奇しくも上写真と同じくH6編成です。夕方なのもあって立ち客も多く混雑気味ですね。

213系5000番台は2ドア車体ですが、単純に211系5000番台の車体から真ん中のドアを取っ払った感じではありません。2つのドアは211系よりも車体中心部に寄っているため、乗務員室後ろの窓は211系より1個多く、座席も211系の2人掛けではなく4人掛けになっています。このような微妙なドア位置のずれ、ホームドアの導入にあたっては大きな障壁になってしまいますね。
晩年、飯田線用になった213系5000番台

関西本線のラッシュ専用という影の存在から一転、213系5000番台はそれまで装備していなかった半自動ドアボタンと車内トイレを取り付け、飯田線の119系電車を置き換えるべく転用されることになりました。これは2022年撮影、豊橋駅の飯田線用2番線にて発車を待つ、中部天竜行きの213系5000番台 H5編成です。長距離を乗りとおす乗り鉄の多い飯田線に、213系5000番台は歓迎されたのでしょうか?

トイレの設置された箇所はこのように元々あった窓が閉塞され、大きな特徴になっています。なお、ドアボタンとトイレは設置されたもののワンマン化改造はついに行われませんでした。先述のようにドアが乗務員室から離れた位置にあるため、運賃箱を置く車内精算ワンマンには適さないという判断でしょうか。でもJR西日本は213系やキハ47でワンマン運転を行っていますが……。まぁこれは会社間の考え方の違いですね。
以上になります!
いかがだったでしょうか。
大量配備された211系5000番台に混じって、国鉄の残り香を残しつつも第一線に立ち、311系と並んで最速120km/hで東海の地を駆け抜けた、わずか2本8両だけだった211系0番台。特異な仕様で完成しつつも昼間の関西本線を追われ、暇を持て余す日々の後に飯田線という安住の地を見つけ、いまでも飯田線で最後の活躍をしている213系5000番台。どちらも決して主役級の車両ではありませんでしたが、JR東海の近郊型電車を語る上で決して忘れてはいけない、キラリと光る存在だと思います。今ならまだ213系5000番台は、飯田線で最後の活躍をしています。この夏休みにJR東海からお得なきっぷも出ているようですので、湘南色帯でのんびりと走る飯田線の213系5000番台に会いに行ってみてはいかがでしょうか。
最後までご覧下さり、ありがとうございました。次回、JR東海4回シリーズの最終回、どうぞお楽しみに!

