
こんにちは。10月の列車です。
京急こと京浜急行電鉄には、(今や他社にも広がりましたが)快速特急……今の「快特」という独特の種別がありますよね。この種別にはクロスシート主体の特別車両が主に充当され、初代は1956年登場の600形(2代目・現在は引退済)、2代目が1982年登場のこの2000形、3代目が1998年登場の2100形という風に、時代に合わせサービスレベルを上げながら花形列車「快特」として、また座席指定制の「モーニング・ウィング号」「イブニング・ウィング号」「ウィングシート」といったサービス列車にも用いられています。2代目快特用車両である2000形の2ドアクロス時代は私は残念ながら見る機会はなかったのですが、2100形の登場後に3ドア・ロングシートに格下げ改造されて以降の姿であれば何度か乗車、撮影の機会がありました。2018年に引退してしまった2000形ですが、格下げ改造をされてもかつての花形車両の風格は残っていたように思います。
この記事では、京急2000形が昼間の快特からは引退し3ドア・ロングシート化改造をされた後、各駅停車の普通車や、羽田空港アクセス列車エアポート急行(現在の「急行」)などで余生を送る姿をご紹介します。
かつての花形車両だった京急2000形に、会いに行こう!
エアポート急行として活躍する2000形

高架化されて間もない京急蒲田駅に進入する、エアポート急行羽田空港行きの2000形 2041編成です。ここで超短時間でスイッチバックを行い、素早く羽田空港方面に発車していく機敏さはいまの京急も変わりません。

羽田空港駅で折り返し、エアポート急行 横浜方面新逗子(現在の「逗子・葉山」)行きとして京急川崎駅に停車中の2000形 2041編成です。2100形登場により昼間の京急線内快特から引退後、都営浅草線乗り入れも出来ないことから普通車や、ラッシュ時の特急・快特として影の存在に一気になり下がった感がありましたが、この「エアポート急行」の設定で2000形の、特に8両編成車が表舞台に復活した感があり、何だかうれしかったです。

先ほどと同じく京急川崎駅で発車を待つ2000形 2041編成です。「急行灯」も点灯しての堂々たる姿はとても凛々しく格好よく、かつて昼間の本線快特として疾走していた時期を彷彿とさせました。

下り新逗子行きのエアポート急行が発車するころ、上りホームには羽田空港行きのエアポート急行が滑り込んできました。こちらも同じく2000形の8両編成車です。昼寝ばかりだった日々から脱出できたのは2000形自身にとっても嬉しかったでしょう。

金沢八景駅にて、ポイントをごとごとと渡って逗子線方面に出ていく2000形です。ここでゆらゆらと左右に揺られるのは今も変わりませんね。

あえてぼんやりしたままご覧にいれます。上写真の直後、入れ替わりに新逗子始発の上りエアポート急行がやってきて遠くで並びました。こんなにぼんやりしていても、2000形とはっきりわかります。快特で疾走していた全盛期の頃のようです。
普通車として走る2000形(4両編成)

堀ノ内駅で快特電車を先に行かせ、発車を待つ2000形 2421編成です。さすがに4両編成車だけですが、京急本線での普通車(各駅停車)として各駅にとまりながら走ることもありました。ただ聞くところによると、2000形は快特用に製造されたので性能も高速で飛ばすことが前提とされており、各駅でストップ&ゴーを繰り返す普通車としては性能にやや難があったようです。

金沢文庫行き普通車として、新逗子駅で発車を待つ2000形 2451編成です。もう22時半と、結構夜遅い時間帯ですね。もう少し遅くなると逗子線は金沢八景~逗子・葉山の折り返し運行になる頃です。

夕方ラッシュ時間帯、京急川崎駅を上り方面に出発する2000形です。ただ画像を見ると行き先は品川ではなく、羽田空港となっているんですよね。いち早く国際線ターミナル駅(今の第3ターミナル駅)に京急初のホームドアが設置されたため羽田空港に行けなくなってしまった 4ドアの800形でしたが、2000形はホームドアに合致できたため羽田空港へもどんどん入っていけるのは幸いでした。

これは普通車ではなく羽田空港発、新逗子行きのエアポート急行だったと思いますが、2000形の車内風景をなんとなく撮りました。ロングシート化改造されても座り心地は変わらずよかったですし、カーテンの形が優等車両だった名残りのようでなんかいいですね。また車端部にはボックス状のクロスシートが残されていました。
2000形と京急他形式との並び

羽田空港行きエアポート急行の2000形と、普通金沢文庫行きの800形のすれ違い風景です。800形は京急最後の片開きドア車・4ドア車ですが、だるまのような前面デザインも含めて愛嬌があり私は結構好きでした。

800形、1500形、2000形と、京急の昭和後期を代表する3車種の並びです。京急ファミリー鉄道フェスタのときに撮らせていただきました。唯一残った真ん中の1500形も、どんどん無限に増える?新1000形により置き換えが始まってしまいましたね。普通車中心運用で改造VVVFインバータ車の1500番台6両編成車は、また ことでんなどに嫁いでくれたらなぁと思います。

夜の上大岡駅で800形普通車と並ぶ、エアポート急行羽田空港行きの2000形 2061編成です。並びと呼ぶには苦しいですが、この写真の面白いところは上り待避線に、イブニング・ウィング号送り込み回送と思しき2100形がいるところです。

その後、なんと2000形のエアポート急行新逗子行きと、新1000形1057編成「イエローハッピートレイン」の特急三崎口行きが並びました!なかなか捕捉できない 3代目600形606編成のブルースカイトレインと並び、今でも見かけたらラッキーな編成のひとつです。
窓回りが白にリバイバル塗装された2011編成

さいごにご紹介するのは2013年、かつてクロスシートだった当時の窓回り白色塗装にリバイバルされた、8両編成車の2011編成です。2001編成というのは存在しないので、この編成が2000形のトップナンバーです。くの字に傾斜が付けられている前面デザインと角度を合わせたところが美しいです。真新しい羽田空港(第1第2ターミナル)駅で発車を待っていると、この電車が31年前に造られたなんてとても思えませんでした。

さすがにドアの数まで2ドアに戻すなんてわけにはいきませんでしたが、このように見ると整然と窓が並んでいた2ドア時代も美しかったのだろうなぁ、と想像を掻き立ててくれます。もうラストスパートに入っていた2000形は、5年後の2018年 京急から完全引退しました(譲渡車は無し)。
以上になります!
いかがだったでしょうか。
1982年に登場、2000年までには早くも3ドア・ロングシート改造されてしまった2000形。2代目快特用クロスシート車として輝いていた期間は短いですが、品川~横浜間で京急初の120km/h運行を成し遂げたのも2000形。京急初の夜間下り着席保証サービスとして当時の「京急ウィング号」として新たなサービスを始めたのも2000形。京急初の両開き扉も2000形。いろいろな点で京急の開拓者となってくれていたのです。2000年頃から2010年頃までラッシュ以外の運用がほぼなかった点は残念ですが、2010年から設定のエアポート急行は最後のはなむけにふさわしい優等列車だったと思います。栄枯盛衰と昔からいいますが、意外と長い36年の車生はとても面白く、輝きに満ちたものだったのではないでしょうか。そして京急にこんなカッコいい電車がいたのだということを、我々鉄道ファンは記録に残し語りて継いで行きたいものです。
最後までご覧下さり、ありがとうございました。でも実は次回も京急です!あの車両を特集しますよ。

