
こんにちは。10月の列車です。
国鉄の新性能通勤型国電の始祖、モハ90系に端を発する国鉄101系電車を「1000系」として非冷房車のまま譲受し、3両編成×12本が長く活躍していた秩父鉄道1000系。完全引退は2014年3月だったのですが、引退の近づいた? 2000年代後半からその塗色に変化が見られ始めました。2007年から、同じ埼玉県さいたま市の鉄道博物館開館連動企画として、元々国鉄101系だった秩父鉄道1000系を4色の旧国鉄色に塗り替え、昔を懐かしむべく秩父鉄道にも足を運んでもらおうという企画がはじまりました。この記事では、国鉄色にリバイバルされた計5本の1000系電車の画像を振り返ってみたいと思います。
国鉄時代の色を再現した1000系に会いに行こう!
オレンジバーミリオン(初代)の1011F

夜の熊谷駅に、羽生行きとして停車中のオレンジバーミリオン塗色になった1011Fです。元々国鉄時代に「モハ90系」として101系が最初に投入されたのは中央快速線であり、オレンジバーミリオンこと朱色1号は国鉄101系にとってはじまりの色です。1957年(昭和32年)当時、暗いぶどう色ばかりだった国鉄電車の中にこの色のモハ90系が登場した時の、人々の驚きはいかほどのものだったでしょうね。

7000系や6000系に囲まれて、熊谷駅の留置線で休んでいるオレンジバーミリオンの1011Fです。こうしてみると本当にずっとこの塗色で、21世紀まで走り続けていたかのようですね。オレンジバーミリオンの1011Fは2007年9月1日から2010年3月25日まで運行し、オレンジバーミリオン塗色はいったん消滅しました。
スカイブルーの1001F

三峰口行きとして上長瀞駅に到着する、スカイブルーこと青22号になった1000系のトップナンバー、1001Fです。人間の目で見ると青緑っぽくもあるこの色ですが、写真に写すとそんなに緑っぽくないという昔から不思議な色ですね。

午後の熊谷駅で発車を待つ、三峰口行きのスカイブルー1001Fです。もう駅構内留置線にいる車両も元東急の7000系や7500系ばかりです。国鉄時代、首都圏では京浜東北線で見られたスカイブルーの101系ですが、その数はわずか5本程度で、のちの205系と同じくレアな存在だったようです。

朝の寄居駅を羽生へ向けて発車していく、スカイブルーの1001Fです。この編成も引退が近いことが発表された後であり、「Last Run」というヘッドマークを付けています。スカイブルーの1001Fは鉄道博物館開館と同時の2007年10月14日から2013年10月12日までと、およそ6年間の長きにわたり見られました。
カナリアイエローの1012F

国鉄101系としては2番目に採用された色となる、カナリアイエローこと黄色5号となった1000系のラストナンバー、1012Fです。羽生駅にて熊谷行きとして発車を待っています。この塗色で当初は国鉄山手線に投入された101系ですが、101系の性能特性と山手線の路線条件が合わず、わずか数年で後継の103系電車がウグイス色で山手線に投入。山手線を追われたカナリアイエローの101系はそのまま中央総武緩行線へと転出したため、カナリアイエローがそのまま中央総武緩行線の色として定着したというエピソードがあります。

秩父駅に到着した、下り三峰口行きのカナリアイエロー1012Fです。国鉄塗色の再現によって、今まで助手席側表示窓上に車両番号を表示していた1000系ですが、そのまま表記していると国鉄っぽくないため、編成番号札に車両番号を表記したうえで前面窓内側にぶら下げる、というこだわりっぷりでした。

三峰口駅で発車を待つ、イベントの臨時急行列車熊谷行きとして発車を待つカナリアイエローの1012Fです。右に並ぶ5000系の5004Fは、ダンプカーとの踏切事故によって車体が大きく損壊し廃車となってしまったので、今は見られない車両同士の並びとなってしまいました。カナリアイエローの1012Fは2007年11月24日から、2010年12月3日までのおよそ3年間のみ見られました。
ウグイス色警戒色入り(関西線色)の1009F

上長瀞駅に到着する、下り三峰口行きの関西線色 1009Fです。101系はウグイス色で山手線を走ったことはありませんが、関西圏では関西本線(現:大和路線)にてウグイス色を纏っていました。ただしそれは前面窓下に黄色5号のライン(警戒色)の入った、首都圏では見られないものでした。のちの車両103系や201系ではこの警戒色は省略されたり、白色になったりと変化がありました。

振り返って羽生側の1209号車側から、下り三峰口行きの発車を見送ります。昔103系電車を特集した鉄道雑誌の誌面にて、この塗色で101系から103系へ編入改造されたクハ(クハ103-2000番台だったかな?)の写真を見た記憶があります。首都圏ではサハ101からサハ103に改造された編入改造車(サハ103-750番台)が結構な数あったそうですね。

熊谷駅の留置線にて、パンタグラフを降ろし休んでいる関西線色の1009Fです。右にはオレンジバーミリオンの1011F、奥には秩父鉄道100形カラーの1002Fとこれまた豪華メンバーが集まっています。関西線色の1009Fは、2008年4月5日から2011年2月19日までの3年間弱にわたって見られました。
オレンジバーミリオン(2代目)の1003F

あれ、オレンジバーミリオン編成は2編成あったの? そうなんです。同時には存在しませんでしたが、2代目オレンジバーミリオンとして1003Fが、2011年8月25日から2014年3月23日まで見られました。初代の1011Fが引退してから1年5か月ぶりのことでした。なぜオレンジバーミリオンが復活したのかというと、2011年5月の「わくわくチャリティーフェスタ」において復活してほしい塗色の投票が行われた結果、最多票数を得たのがこのオレンジバーミリオンだったからだそうです。

秩父駅を発車して三峰口駅をめざして走る、2代目オレンジバーミリオンの1003Fです。上写真とこの写真を撮影したのはもう1000系自体が消滅寸前の2014年1月3日であり秩父鉄道標準色の1010Fとこの1003Fだけしかもう残っていませんでした。最後の活躍の後、1010Fは同年2月23日に、1003Fは同年3月23日に運行を終了。ここに秩父鉄道1000系の、国鉄101系の長い歴史が終わったのです。中央快速線モハ90系のオレンジバーミリオンから始まった国鉄101系は、57年後、奇しくも同じオレンジバーミリオン塗色の車両をもってこの世を去るということになったのでした。
以上になります!
いかがだったでしょうか。
南武支線以外のJR路線から101系が姿を消したあと、101系の主戦場は秩父鉄道となり、1000系は秩父鉄道線上で28年間という長きにわたり活躍をつづけました。国鉄通勤型電車の新しいスタンダードをつくった101系は、秩父鉄道においても「20メートル4ドア車×3両編成」という新しいスタンダードサイズを定着させました。車体色はカラフルにその姿を変えながらも、車内は大きく改装されることなく昔の面影をしっかりと残していました。3歳の時に国鉄分割民営化を迎えて国鉄の生の記憶がまったくない私にも、往時を思い出させてくれる素晴らしい電車でした。
多くの埼玉県北部地域、また秩父地方の人々の生活を支え続け、多くの鉄道ファンをも魅了し続けた秩父鉄道1000系、そして国鉄101系。栄光の57年間の歴史は鉄道史にきらりと輝き、今後もしっかりと後世に語り継がれていくことでしょう。
これで3回シリーズの秩父鉄道1000系特集はおわりです。最後までご覧下さり、ありがとうございました。
