
こんにちは。10月の列車です。
1927年と、比較的最近の昭和になってからはじまった小田急電鉄の歴史。その頃から長く鉄道ファンや沿線住民に親しまれてきた独特の「小田急顔」とよばれる前面デザイン。私も可愛くて大好きではありましたが、2012年の(旧)5000形を最後にこのデザインは途絶えることになりました。しかし2003年から鉄道写真を撮り始めた私にとっては、この「小田急顔」はもうロマンスカー以上に小田急の代名詞感があり、今この顔の車両が走らなくなって13年も経つなんて、ついでに「サステナ車両」として西武鉄道に8000形が渡ってきたなんて、未だに実感がわかないのです。
この記事では、最後の「小田急顔」の電車として多くの鉄道ファンに注目された、(旧)5000形電車の写真を集め、小田急顔を堪能していきたいと思います。なお、一段下降窓でいわゆる「5200形」と呼ばれるグループもまとめて5000形として扱わせていただきます。
最後の「小田急顔」の電車に会いに行こう!
各駅停車運行の5000形

多摩線の小田急多摩センター駅を出ていく、各駅停車唐木田行きの5266編成です。この頃の多摩線は線内往復の6両編成各駅停車が多数走っていましたが、今のダイヤでは急行が多摩線内各停化されて、昼間全列車上り方面へ直通。車両だけでなくダイヤも気づいたら変わっているものですね。

新百合ヶ丘駅の3番ホームで発車を待つ、各駅停車唐木田行きの同じく5266編成です。2010年撮影なのでロゴマークが書き加えられています。この5266編成を含め、5200形のうち数編成がヘッドライトを製造時のものから別のものに交換され、2灯とも点灯するようになっていました。

いまは会社名が「小田急箱根」になった、箱根登山線の箱根湯本駅で発車を待つ5000形 5062編成です。となりにロマンスカーVSEが到着しているのも時代を感じさせますね。以前の6両編成急行が乗り入れていた箱根登山線では、途中駅の風祭駅でドアコックを使用したドア扱いをしていたことで有名でしたが、風祭駅が改良されてホームが延伸され、この頃はもう箱根湯本乗り入れの各駅停車は4両編成限定になっていました。

小田原止まりの各駅停車として(たぶん新松田始発?)小田原駅7番ホームに到着する5000形 5061編成です。奥にちらっと伊豆箱根鉄道大雄山線の電車が見えますね。
5000形 5062編成の車内拝見

田の字窓の4両編成車、5062編成が上り各駅停車として入線したので、発車前に車内をみてみました。紺色のシートモケットは国鉄車両に通じるものがあります。壁紙も以前はライトグリーンでしたが、リニューアル時に白いものに交換されたかと思います。車端部の端っこ席にひじ掛け用の凹みがついているのがこだわりポイントですね。

田の字窓に紺色シートモケットというと、やはり国鉄103系などを意識して配色を決定したのでしょうか? いや、昔はまだ冷房がありませんでしたので、夏に蒸し暑く感じないよう 寒色系の色をインテリアに配したとは聞いた事があります。

黒い「Hゴム」支持の窓が目立つドアです。西武鉄道でもこんな感じのドアが101系や701系などで見られたものですが、今やすっきりした平滑なドアばかりでちょっと寂しさを感じなくもありません。ドアの車内側が平滑になっていないと、ラッシュ時の満員時にドア引き込まれの危険が増すので仕方ないことだとは思いますが。
快速急行・急行で活躍する5000形

2004年12月、小田急電鉄に快速急行が誕生したばかりのとき、試しに乗ってみようと行った日の一枚です。5263編成を先頭にした快速急行藤沢行きです。当時は「登戸を飛ばすなんて……!」とびっくりしたものですが、それでも快速急行の車内は混雑していて、いかに小田原線は長い距離を乗車する人が多いかというのを実感したものです。

2007年、朝の参宮橋駅を通過し新宿へ急ぐ、急行新宿行きの5000形 5060編成です。後ろに新鋭3000形を従えて堂々とした走りっぷりですね。まぁ発車するときに前後にグイっと引っ張られるような衝動があったように記憶していますが、現在も数は減りながらも違う形式同士の併結運転が見られる小田急電鉄は面白いなぁと思います。

2008年、深夜23時過ぎの新宿駅4番ホームで発車を待つ5200形 5258編成です(たぶん)。晩年、6両編成だった5200形のうち一部(3編成くらい?)が2両を引き抜いて4両編成車になっていたため、こうして10両編成の新宿側に顔を出すこともありました。

2011年8月、新百合ヶ丘駅に到着した急行藤沢行きの5000形 5065編成です。本来この電車は快速急行ですが、東日本大震災後の節電ダイヤのために急行に変更され、新宿発車時刻も早くなっていました。

車掌さんが安全確認し、発車寸前の5065編成です。写真の5065号車は、前面窓上にはってある車両番号の切り抜き文字の間隔が他車よりも広く、「5 0 6 5」という感じになっていることが特徴でした。ほかにも同様になっている編成があったような気がします。

次の停車駅 町田へ向けて、5 0 6 5編成の急行藤沢行きは発車していきました。

相模大野駅3番ホームに到着する、急行新宿行きの5200形 4両化された5258編成です。この「片方だけ点灯している緑色がかったヘッドライト」こそが小田急顔のマストアイテムだなと今も思います!

相模大野駅での停車時間中に、入換中の1000形未更新車と並んだ5258編成です。2010年以降「odakyu」ロゴマークが入っても凛々しく愛嬌のある「小田急顔」は健在で、なんとなくいつまでも見られるような気がしてしまっていたものです。

最後はこちら。引退数か月前の2012年1月、5063編成の快速急行藤沢行きを新百合ヶ丘駅でとらえました。この5063編成は5000形の中で最後まで残った編成だったかと思います。新型の3000形とも日常的に連結したうえで総括制御し、小田急の大動脈の一翼を最後まで、第一線で担い続けた姿はとても格好よいものでした。
以上になります!
いかがだったでしょうか。
今でもそのたたずまいを忘れることはない、永遠の「小田急顔」最後の車両、小田急電鉄(旧)5000形の勇姿をお届けしました。今や小田急に残るケープアイボリーも8000形のみに、そしてロイヤルブルー帯もだんだんと想い出になろうとしています。たかが青の色合いが変わっただけなのにどうして寂しさを覚えてしまうのでしょう。でも私含め、細かいところまであの日の景色は記憶に残っているということですね。この小田急顔も想い出となってしまいましたが、保存車両や鉄道模型でまた当時を思い返すこともできますし、このブログをみながら若い方々に語り継いでいくなんてことができたら幸いに思います。
最後までご覧下さり、どうもありがとうございました。

