こんにちは。10月の列車です。

現在は全車両が10-300形の10両編成車に統一された都営新宿線の車両ですが、ちょっと前までは8両編成が多数走っており、都営新宿線内を走る10両編成は京王電鉄車両だけという時代もありました。今は見事に消えてしまった8両編成の10-000形はじめ10-300形ですが、その8両編成の10-300形の中に6本、特異な姿の編成があったことをご存じの方も多いでしょう。それが今回ご紹介する「10-300R形」という編成たちです。
一体なぜ、8両編成のうち両先頭車だけが新車の10-300形で、中間6両は従来車の10-000形ということになってしまったのか。魔訶不思議な姿のこの編成たちはわずか10年程しか走れませんでしたが、その短い生涯を振り返ってみたいと思います。
都営新宿線の珍種、凸凹編成に会いに行こう!
10-300R形はこんな編成

京王線のどこの駅か忘れてしまったのですが(北野かな?)快速つつじヶ丘行きとして停車中の10-310Fです。この編成が10-300R形の1番目の編成で、10-360Fまでの6本がありました。両先頭車は同時に製造された10-300形(JR東日本のE231系ベースの設計)の先頭車とほぼ同じデザインで各種機器を仕様変更したものを新規製造(2004年)。中間車両は10-000形の初期の18本(1978年~1980年製造)を6両編成から8両編成に増結される時、後から組み込まれた中間車(1986年~1988年製造。2両×18ユニット)を抜き出してきてかき集め、これらを6つの8両編成にまとめたものです。なお前述の編成を組む途上で、10-300R形先頭車の間に古い編成の中間車をそのまま組み入れた暫定編成もありました。

明大前駅で撮影した、10-300R形の先頭車と中間車の連結部分です。左側が2004年製造の先頭車、右側が1986~1988年製造の中間車。番号は300番台に改番されても、形式上は中間車は10-000形のままでした。18年の間に車体の構造も技術も、あらゆるものが進歩したのがわかりますね。ただ10-300R形となる先頭車は、各種機器を10-000形に合わせて仕様変更しており、車体はそっくりでも10-300形の先頭車とはまるで別物でした。
また、10-300R形と編成を組んだ10-000形中間車たちは経年が浅いことに加え、骨組みまでステンレスのオールステンレス車体だったことも再活用の決め手になったようです(10-000形初期の18本のその他6両は、車体外板はステンレスでも骨組みは鉄製のセミステンレス車体でした)。

京王線府中駅に停車している、下り高尾山口行きの10-300R形です。オール新車の10-300形との外観上の区別は簡単で、側面の青色の帯が車体側面全体に回っているのが10-300形、写真のように1番目のドアの先で途切れ、さらに黄緑色の帯も細いのが10-300R形でした。

京王7000系の上り特急が発車し、上の編成の先頭車と中間車の連結部分を写したものです。黄緑色の帯が細いのは10-000形に合わせたものだということが、こうやって見るとよくわかりますね。
競馬場線を往復運行する10-300R形

夜間、京王線の東府中駅で、府中競馬正門前駅に向けて発車を待つ10-300R形です。ガラガラを承知で京王競馬場線の東府中~府中競馬正門前間を都営新宿線所属の8両編成車が往復していたのは、2010年改定~2013年改定の土休日ダイヤの日でした。当時はまだ都営新宿線車両は8両編成ばかりで10両編成車は4本だけしかなく、その関係で日中の橋本~本八幡間の10両編成で運行していた急行電車が京王電鉄車両中心になってしまっていました。このため車両使用料を相殺する関係で、京王相模原線の調布~橋本間折返しの各駅停車や、この競馬場線で8両編成の都営車両を充当し、帳尻合わせをしていたのです。

上記写真の編成の、先頭車と中間車の連結部分です。こうしてみると黄緑色帯の高さも、車体の断面も雨樋の位置も、あらゆる点が違いますね。よく仕様を合わせて編成を組んだものだと思います。

もう少し別の角度から先頭車と中間車の連結部分を見てみます。この角度だと車内のインテリアも大きく違うのがわかりますね。あなたなら左の先頭車と右の中間車、どちらに乗車したいですか? 座席のふかふか具合は結構大きく違ったのを覚えています(笑)

各停府中競馬正門前というつめつめ表示のLED。中間車のものです。「府中」を縦に書いてしのいでいます。現在も「京王多摩センター」の「京王」を縦に表記しているのは見られますね。
引退目前の10-330F

京王相模原線の南大沢駅に進入する、快速本八幡行きの10-300R形の3番目、10-330Fです。こんな珍しい凸凹編成も長く続くことはなく、中間車の老朽化とか都営新宿線車両の10両編成化を進めるといった理由で、2015年5月から2017年2月にかけて、10-300形は6編成すべてが8両全車両廃車されてしまいました。この10-330Fは10-300R形のなかで最後まで生き残った編成でした。このアングルだと先頭車の車体断面が、JR東日本のE231系に合わせて台形なのがよくわかりますね。

30年ほど活躍できた中間車に比べて、両先頭車はわずか11年~12年で廃車解体されることになってしまいました。昔だったらありえない話でしょうが、半導体などの技術進歩が速く、また人件費も昔よりもかかるようになり、手間をかけて改造するより作り直した方が結果的に安いということなのだと思います。

本八幡に向けて去っていく10-330Fと、入れ替わりに到着する区間急行橋本行きの京王9000系(都営新宿線乗り入れ対応車)9737F。大規模リニューアルも始まりこれからも活躍していく右の京王9000系と、わずか10年程度で役目を終えてしまった10-300R形。その車両の生まれた仕様や境遇、鉄道事業者の考え方の違いで運命はなんとも残酷にすれ違ってしまうものですが、私たちはこんな珍しい車両が走っていたことをこうやって後世にしっかりと伝えていきたいものです。
わずか10年ほどの短い命でした……
いかがだったでしょうか。
都営新宿線の従来型車両10-000形の中でも比較的新しく、車体も錆びにくいオールステンレス中間車両の有効活用として、2005年から6本が走り始めた10-300R形。しかし結局その再活用施策もむなしく、10年程度で役目を終えて廃車となってしまった10-300R形。物珍しい凸凹の編成もわずかな期間しか楽しむことができませんでした。このあと2022年からは、都営新宿線車両を10両編成に統一する目的で、なんとオール新車の10-300形の8両編成車8本(10-370F~10-440F)までもが廃車解体の道をたどることになるのでした。こちらも20年未満で引退という短命ぶりですが、都営さんは公共事業ゆえ、常に「入札などによって最も安価な手段で施策を実行する」ことが求められていますので、たとえ短命でも改造するより丸ごと新造のほうが安いということになれば、致し方ないことなのでありましょう。
しかし、10年程しか走れなかった10-300R形も、20年未満で消えていった10-300形8両編成車たちも、その短い期間に懸命に働き、都営新宿線や京王線に貢献したものは決して小さくはないはずです。われわれ鉄道ファンの役目は、そんな短い間にも懸命に輝き続けた車両たちの記憶や記録をこうして残し、多くの人の記憶の中で生き続けるものにしていくことではなかろうかと思います。
最後までご覧下さり、ありがとうございました。

